ここ数年の間に、ブログが、ブームからトレンドへと華麗なる変身を遂げる中、私は世界を旅して、その先々でブロガー達と議論を重ね、彼らが、ブログを禁止する条項が含まれている、新しい職場の規約、契約、そして、ポリシーに対して、どのように対処してきたのかを聞いて回った。
彼らの話を聞くと、必ず最初に、“なぜ?”と問いかけてしまう。耳にたこができるほど不平不満を聞かされてきた。企業、政府、そして、その中間のすべての組織が規制を設けているのだ。
「非難の対象を間違えてはいけない」という記事の中で、私は数多くのブロガーが非難の対象を間違えていること、さらに、ブログを非難するための武器として、そして、誰かに罪を着せるための武器として利用する際には、もっと責任を持たならければいけないと主張した。
皆さんはブログに自分の見解を反映させているだろうか?
リンスウィンドは知っていた。トゥーフラワーは自分の視点で物事を見ていただだけでなく、自分の考え方で物事を分析し、自分の耳を通して物事の音を聞いていたことを。
テリー・プラチェット著、Discworld(ディスクワールド)シリーズ、The Light Fantastic(ザ・ライト・ファンタスティック)から抜粋
ブログの記事を書くとき、自分のレンズ、自分のフィルター、そして自分の見解を通して、物事を見ている。トゥーフラワーのように、視界が非常に狭いなら、眼だけではなく、耳や脳もフル稼働させてブログに取り組んでいるだろうか?
最近ブログの力について考えることが多い。ブログとウェブが、ミャンマーでの出来事を世の中に伝える際に役立っていた。同国の政府はシャットダウンさせ、情報を打ち切ろうとしたが状況は変わらなかった。そしてブログはパキスタン、イラク、イラン、そしてその他の「言論の自由」が抑圧されている国々でもその数を増やしている。10月25日にテル・アビブで開催される、WordCamp Israel(ワードキャンプ・イスラエル)に向けた準備の一貫として、私はイスラエル人のブログを数多く読んでいる。そのとき「ペンは剣よりも強し」という1句の格言が私の心の中に満ち溢れる。