The Guardian(ザ・ガーディアン)のジョン・ヘンリー氏が、スローブログに関するエントリを投稿している。「スローブログ」の名付け親は、カナダ人のトッド・シーリング氏という名のテクノロジー・コンサルタントだそうだ。Wikipedia(ウィキペディア)のページは持っていないが、どこかに実在することだけは間違いないだろう。ヘンリー氏は、エントリの中で、シーリング氏の主張を引用している: “即時性を否定… 素早く綴られた文章のみが読む価値があるわけではない”、そして、“言葉を形成するピクセルを、かけがえのない存在だと思いながら、大事に文章を綴ろう”等など。宣言書もあるようだが、わざわざ探そうとは思わない。
スローブログ。なるほど。ヘンリー氏は、たいそう気に入っているようであり、べた褒めしている。
エントリを投稿する前に、考え、リサーチし、そして、再び考える人達の意見を聞こう。彼らは、思い浮かんだ瞬間に、ウェブに直行する必要はないと考えている。1日に5度、さらに、1週間に1度ですら、アップデートする必要はないと考えている。量より質を大事にしているのだ。
なるほど。同感だ。
しかし、実際には、多くのブロガーやジャーナリストが既に実践している。しかも、ハイペースで行っているのだ。もちろん、その一方で、詰め込み気味の人達もいる。この論説も、そして、ヘンリー氏も、その一例だと言えるだろう。深く考えることは、素晴らしい。しかし、重要なのは結果である。時間をかけてエントリを綴っても、スローブログにはならない。むしろ従来型のアプローチと言うべきだろう。スローブロガー、そして、ファーストブロガーを区別する必要はない。重要なのは、結果なのだ。
ファーストフードがあれば、スローフードもある。シーリング氏は、後者をきっかけとして、この浅はかなスローブログ論を思いついたのだろう。ファーストフードは(一般的に)健康的ではないのかもしれないが、ファーストブログは全く別モノであり、一刻を争っている。昨日、ビッグマックを食べたからと言って、気にする人は誰もいないが、抗議活動をする人達がバンコクの空港を封鎖したことを、報道番組が報じる前に、短文で素早く投稿することが出来れば、十分に価値はあるのだ。
スローブログと言う用語に大きな意味はない。のんびり文章を綴ることも出来れば、徹底的にリサーチを行うことも出来る。しかし、スローブログのような概念は、不要だと私は思う。スローブログ・ブームなど必要ない。必要なのは、質の高いコンテンツと優れたコメントである。
ブログのエントリを綴ろうが、10ページほどの作品を雑誌に掲載しようが、結果が全てである。質さえ高ければ、経緯など誰も気にしないのだ。
ライター紹介: トード・ダニエル・ヘデングレンはデザイナー、ライター、そして、ブログヘラルドのエディターとして活躍している。スウェーデンのゲーム業界の最前線でその手腕を振るっていたが、すべてを手放し、国際的な舞台へ旅立った。彼はインタビュー形式のブログ、BloggerTalks(ブロガートークス)を立ち上げ、デザイナーとして素晴らしい仕事をこなしている。
[原文へ]
関連記事
- 英国の報道機関が「Current TV」でビデオブログを開始
- 「Twitter」の用途
- エープリル・フール、ライター/レポーターは要注意
- Huffington Post、シカゴ版を皮切りに地域化に踏み切る
- くだらない科学、ヘッドチーズ、そしてカロライナの毛のないキツネ
