Sunday, 7 September, 2008

ブログ禁止令

7月 1日 at 1:30 pm by ローレル ファンフォッセン -

Bloggers Rights graphic by Lorelle VanFossenここ数年の間に、ブログが、ブームからトレンドへと華麗なる変身を遂げる中、私は世界を旅して、その先々でブロガー達と議論を重ね、彼らが、ブログを禁止する条項が含まれている、新しい職場の規約、契約、そして、ポリシーに対して、どのように対処してきたのかを聞いて回った。

彼らの話を聞くと、必ず最初に、“なぜ?”と問いかけてしまう。耳にたこができるほど不平不満を聞かされてきた。企業、政府、そして、その中間のすべての組織が規制を設けているのだ。

ブログが禁止されている理由を、以下に幾つか挙げていこう。

秘密保持契約の違反

現実を直視しよう。私達は人間であり、人間というものは過ちを犯す生き物である。誠意を持って行動を起こしても、失敗するのだ。何も考えずに行動してしまうこともある。こういったことを考慮すると、従業員が自分の考えを世間に公開する際に、企業独自の情報までリークするリスクを企業が黙って見過ごすはずはない。公開されてしまう恐怖が、企業にとっては大きな問題であり、その結果、ブログ禁止令を規約に持ち出すことになるのだ。

また、企業秘密をブログで公開されてしまう場合に備え、高額の違約金を設定することにもなる。

企業が企業秘密を守る必要性に関しては、賛成意見も、そして、反対意見も多いが、企業秘密を公開し、秘密保持契約を違反すると、ブログの閉鎖に追い込まれる可能性がある

職を失う可能性もある。2006年、Target(ターゲット)の従業員が、企業が採用する盗難防止策をブログで公開したため、解雇されることになった。これは氷山の一角でしかない。企業の秘密保持契約や知的財産権をないがしろにしたため、解雇されるブロガーは後を絶たない。

オープン・ソースが成長し、経済的に実行可能なビジネス・モデルになるにつれ、知的財産権と企業秘密に関連する訴訟も増える傾向がある。そして、ブロガーが敗訴するケースが目立つようになってきた。

利害の対立

従業員がブログを始めることで、雇用者側との間に多くの利害の対立が生まれる。自分の意見が、企業のポリシーに抵触する可能性がある。経営陣の考え方と相容れない可能性もある。同様の仕事関連のアドバイスや意見を提供することで、企業の売上や収益と対立/競合するサービスを提供することになる可能性もある。意図的であれ、偶然であれ、自分自身を競合者に仕立て上げてしまうのだ。

過去数年の間に、利害が対立すると企業側から見なされ、多くのブロガー達が職場を解雇されている。個人的なブログにいたっては、尚更のこと、この傾向が強い。つい先日も、政治ブロガーが解雇され、上院議員からの報復行為だと主張している。このブロガーは、上院議員のライバルに100ドル寄付していたらしく、少なくとも、上院議員の立場から考えれば、明らかに利益が対立していることになる。

ブログがビジネスになり、プロのライターになると、ブロガー達は、有給のサイトに投稿するネタ、そして、雇用主を刺激することなく、個人のブログに投稿するネタの選択を迫られるようになる。このような状態に置かれると、利害の対立が発生しやくすくなる

同じことが、ニュース、雑誌、そして、出版社に勤めているブロガーにも言える。意見、アドバイス、推薦、ブログ関連の記事、あるいは同様の記事など、文章を綴ることが仕事の一部になっている場合、ブログに取り組むことで、会社に100%提供するべき労力を無料でブログに提供することになり、その結果、収益の減少や利害の対立が発生する可能性がある。

BBC Editorial Guidelines(BBC エディトリアル・ガイドラインズ)は、Guidelines For Bloggers(ガイドラインズ・フォー・ブロガーズ)の中で、従業員がブログを運営する場合は、その旨を上司に報告する必要があることを明記している。さらに、ブロガーが何らかの形でBBCを代弁するように受け取られる場合の免責条項も用意されており、そこには次のように記載されている:

報酬を受ける代わりにブログの記事を投稿するよう依頼された場合は、利害が対立する可能性があり、部長に相談すること。

何を持って報酬とするのかが不明である。広告やペイ・パー・ポストも対象となるのだろうか?

しかし、たとえ報酬を受け取らずに、そして、あくまでも趣味としてブログを運営しても、ブログをきっかけに競合者にヘッドハンティングされる可能性があり、これも利害の対立と言えるのではないだろうか。

解雇処分を受けたブロガーは、悪者のレッテルを貼られてしまうことが多い。たとえ解雇された情報が出回らなくても、現在のオンラインの世界では、ブログによって、評価を貶める可能性は否定できない。

ブログは履歴書である。自分自身、自分の性格、関心事、専門性、能力、スキル、品位、一貫性、仕事の腕前、そして、評判を代弁するのだ。自分が重要な意見、助言、専門知識を持ち、さらに、ブログと職務がマッチする場合、雇用する価値があることを、世界に対して公の場で訴えていることになる。企業秘密や機密情報を根こそぎ持っていかれてしまうリスクを好まない企業があっても、何の不思議もない。

評判

記事を投稿するとき、企業のことを考えているだろうか?多くの雇用者が、従業員は、日夜、企業を代表していると考えている。騒動や違法行為を働き、企業のイメージを損なった責任を取らされて解雇されるのと、ブログが原因で解雇されるのは、勤務時間外の行動という条件では一致するため、あまり大きな差はない。

ブログに対する制限は、コメントにも影響するようだ。他人のブログにコメント欄で言いたいことを言ってしまうと、企業のイメージを貶めることにもなりかねない。企業の従業員である事実は変わらず、企業、そして、自分自身の名誉を傷つけてしまうのだ。

こじつけだと思っている人もいるだろう。The Canadian Broadcasting Corporation(ザ・カナディアン・ブロードキャスティング・コーポレーション)ブログ、Inside The CBC(インサイド・ザ・CBC)が提供するストーリーでは、“CBCで働いていることが特定できる場合は、ブログの開設し、運営するためには、上司の許可を得なくてはならない”という彼らの親会社のポリシーが紹介されている。守衛を含め、すべての従業員に対して、理由のいかんを問わず、“特定の機関や大儀への支持、あるいは、政治的な意見の表明”等、“個人のブログで取り上げることを禁止されているトピック”が定められており - もはや、ブログという範囲を大きく超えている。CBCの職員は、ブログであれ、公の場での議論であれ、それぞれの政治や社会的な意見が同企業を代弁すると、雇用者側が考えているため、このようなポリシーが策定されているようだ。

ブログの“妥当性”の判断基準に関しては、他にも同様のポリシーを策定している企業は存在する。拳銃所持を支持する記事を投稿したことが原因で、米国政府の研究機関の職員が解雇されている。そして、 “匿名で客室乗務員の生活を半フィクション風で綴ったブログ”に掲載した“イメージが不適切”だとして、Delta Airlines(デルタ航空)の客室乗務員が解雇されている。また、思いやりのない意見を述べ、職員と経営陣に関する記事を投稿したことが原因で、解雇されたブロガーもいる。候補者とその妻を侮辱するメッセージを投稿した、選挙活動に取り組むブロガーも解雇されている。そして、つい最近も、個人的なブログとゲスト・ブログが、会社の・ブログを禁止するポリシーを違反し、コンテンツと見解が“不適切”だとして、CNNのプロデューサーが解雇されている

セキュリティおよび安全性

確かに“セキュリティ”に関する問題よりも、秘密保持を重要視する企業もある。しかし、政府や政府の職員にとっては、“セキュリティ”は、非常に大きな問題であり、それ故、ブログの閉鎖や管理に力を注ぐことになる。

アメリカの軍関係者はブログを推奨している。とりわけ、対諜報活動や母国にとって有益な場合は尚更である。しかし、米国政府は、軍関係者にはブログを控えてもらいたいようだ。政府は、彼らが引き続き維持することを望む体制や管理に関する問題を堂々と発表するブログの閉鎖を含め、適切に管理されていないブログ、そして、承認されていないブログの引き締めを図っている。軍隊のネットワーク・サービスは、正式にYouTube(ユーチューブ)へのアクセスを禁止し、Facebook(フェイスブック)やその他のソーシャル・ネットワーキング・サービスへのアクセスに対しても、禁止していく可能性があるようだ。そして、兵士達は、ブログが、軍隊や軍の作戦に“多大なセキュリティのリスク”をもたらすと教え込まれている。公式文書では、“従わない場合…は、軍法会議にかけられたり、管理、規律、契約、あるいは、刑事上の訴訟を受ける可能性がある”ことを示唆している。

この中には国家の安全を脅かすブログも含まれる。しかし、ブログと安全性、とりわけ子供に関わる安全性については、どのように見られているのだろうか?

2005年、オンラインの性犯罪者と児童虐待者から子供達を守るため、ニュージャージー州のカトリック系の学校がブログを禁止したUSAToday(USAトゥデイ)の報道によると、2006年、多数の教育機関が、生徒達を守るため、ブログとソーシャル・ネットワーキングを禁止したようだ。友人が、“他のチアリーダーを中傷するコメントを投稿したブログ”を運営していたテキサス州の女生徒に対して、チアリーダーのチームから外す処置を取るなど、教師や他の生徒を中傷するようなコメントを投稿した生徒に対する処置も含まれる。学校の関係者によると、この行為は、‘高い道徳的な基準を示さなければならない’という“チアリーダーの行動規範を違反していたようだ”。

子供達を守りたいという思いが強くなり、2006年7月、米国の下院は、US下院決議案5319を通過させた。これは、MySpace(マイスペース)等のブログ、チャット・サイト、そして、その他のソーシャル・ネットワーキング・サイトに学校および図書館からアクセス出来ないようにする決議案であり、従わない機関は、“連邦インターネット助成金を失うことになる”。現在、この法案は、上院にかけられ、商務委員会の管理下に置かれている。しかし、この状態で既に2年が経過していることを考えると、行き詰っている可能性が高い。この法案は大まか且つ漠然としていることもあり、多くの人々がこの状態を好意的に受け止めている。

最近実施された調査(pdf)によると、禁止されているにも関わらず、子供達はこういったサービスを引き続き利用し、ウェブ上の社交活動に勤しんでいること、そして、子供の安全に関する恐怖は、極端に誇張されていることが判明した。世界中で、学校が、今もなおブログの運営およびブログへのアクセスを禁止しているものの、インターネットの安全性、常識に関する教育を続け、そして、オンラインでの行動および活動に対する責任を教え込むために、ブログおよびソーシャル・ネットワーキングを授業の一環として利用するなど、“冷静を保つ”よう進言する専門家が増えつつある。

知的財産/独占権

大学スポーツ・イベント中のブログを禁止する件を取り上げた、The Chronicle of Higher Learning(ザ・クロニコル・オブ・ハイヤー・ラーニング)の「ワイアード・キャンパス」 という記事や、試合の最中にブログで記事を投稿していたために、会場を追い出されたスポーツ・ブロガーに関するCourier Journal(クーリア・ジャーナル)に掲載されていた記事を読む限りでは、試合の知的財産権を守るために、スポーツ・ブロガー達を蚊帳の外に置こうとする傾向が窺える。上述の件に対しては、生中継のブログが、“試合を生で描写する行為と規定している、” National Collegiate Athletic Association(全米大学競技協会:NCAA)のポリシーに違反すると言う理由が告げられており、このようにブログを利用することで、試合を放映することで収益を上げる、彼らの独占的な権利を侵害していると見なされるのだ。その他のスポーツの協会やチームの中には、ブログやオンライン上のレポートを認める団体もあるが、生放送する権利を売ろうと考えている団体もあり、彼らはブログが競合するため、禁止する処置を取っている。

2007年にリオ・デジャネイロで開催されたパン・アメリカ競技大会の期間中にブログが規制された件、そして、あるブロガーが、Indianapolis Motor Speedway(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)で開催されたイベントで、地域の放映権とインターネットの権利を確保するため、2万ドルのライセンス料金を支払わなければ、ブログを認めることはできないと言われ、証明書の発行を拒否され、ブログへのアクセスを禁止された件は、記憶に新しい。

オリンピックの選手達に、ようやくオリンピックでの体験をブログで表現する許可が与えられたものの、現在、スポーツ・イベントでのブログによる取材に関する議論は、加熱する傾向がある。以前から、International Olympic Committee(国際オリンピック委員会)は選手達のブログを禁止し、さらに、著作権および公正利用に関して、法律を変えようと試みていた。この動きは、自らの知的財産権を保護するためであり、2006年のトリノ冬季オリンピックでは、選手達に対して、大会期間中にブログに携わった場合は、失格にすると警告していた。北京オリンピックでは選手達のブログが認められたものの、“目玉”のイベントや情報をブログに投稿することは禁じられており、さらに、“公認”のエリアや関係者以外立ち入り禁止のエリア内にいる場合、動画、オーディオ、そして、写真の投稿に関しても制限が設けられいる

しかし、個人的にオリンピックを会場で観戦している人や、テレビやその他のメディアを通じて観戦している人は、試合やイベントに対して、思うままにブログに取り組むことができる。選手に対する制約は、表現の自由、そして、創造の表現を否定し、オリンピックの本来の目的である、友好、そして、結束が阻害されると思っている人もいれば、その一方で、ブログによって、独占権が奪われ、スポーツによる収益が削られてしまうと主張する人もいる。どちらの主張も正しいような気がする。

条件は、参加して、料金を払うこと

ここ数年、Nielsen BuzzMetrics CGM Summit 2006(ニールゼン・バズメトリクス・CGM・サミット2006)Google Zeitgeist 2005(グーグル・ツァイトガイスト2005)等、“ブログ禁止令”が事前に発令され、イベントをブログを介して生中継することが禁止されていたイベントが幾つかあった。書類やメールを送り、秘密保持を要請するイベントもあった。

この行為を正当化するポイントが2つある。まず、ブログを認めると、言葉を発してから、30秒でブログを介して公に配信されてしまう。そのため、出席者と講演者が、“オフレコ”で話せるように、施策を講じる必要がある。

次に、参加費に見合うように、誰よりも早く内部の情報を手に入れることを可能にして、カンファレンスの価値を高めるためである。カンファレンス開催中の生中継ブログを制限することで、主催者側は、イベントの独占権を維持することができると考えている。

第一、参加していない人達が、生中継のブログを通して、無料で情報を得ることが出来るなら、わざわざ参加する必要があるのだろうか?ここ数年の間に開催された多くのカンファレンスは、激しい競争、そして、“ウェブ上で生の情報を手に入れることができるのに、わざわざ参加費を払ってまで、参加する必要はない”シンドロームによって、大きな打撃を受けている。

政治、宗教、そして、政府

従業員のブログを禁止する企業を凌駕するのが、政府と宗教団体、とりわけ宗教系の政府である。彼らは、市民に対してもブログを禁止し、 - ブログを読むことも禁止しているため、恐らくコメントを残す行為も禁止しているのだろう。抑圧的な政府の多くが、統制を失い、国民が、全く異なる意見で溢れる別世界にアクセスすることを恐れ、インターネットを全力で抑え込もうとしている。

graphic representation of YouTube banned access copyright Lorelle VanFossen中国、トルコ、パキスタン等の国々ではWordPress.com(ワードプレスドットコム)のブログへのアクセスが引き続きブロックされている。2005年、イランでは、Persian Blog(ペルシアン・ブログ)、Blogspot/Blogger(ブログスポット/ブロガー)等の多くの無料ブログサービスが、同国のインターネットへのアクセスを提供する、大手のインターネット・サービス・プロバイダーによって、禁止された。ソーシャル・ネットワーキング・サービスとチャット・サービスも後に、この禁止リストに加えられることになった。先日、“反イスラム”的なマンガの動画が掲載されていたことを理由に、パキスタン政府がYouTube(ユーチューブ)へのアクセスを禁止していた。他のイスラム国家がパキスタンに追従する可能性もある。たった1人のブロガーが、政府や宗教組織の怒りを買うことで、このようなアクセスの禁止が実施され、当該のブロガーだけでなく、ブログネットワーク全体が閉鎖に追い込まれてしまうのだ。

かつて言論の自由で世界中にその名を轟かせた国、アメリカ合衆国でも、国民であり、ソフトウェアの請負業者であったブロガーが、国家のトップレベルのアクセス権を持つ人しか見ることができない同ブロガーのサイト上に拷問に関する意見を投じたことが原因で、解雇されてしまった。この件により、“与党”を批判すると、解雇されたり、ブログの閉鎖に追い込まれたり、あるいは刑事告発をちらつかされ、脅迫されてしまうこともあるのだ。米国の外に目を向けると、政府がブログを認めていない国や、ブログのコンテンツに規制をかけている国では、ブロガー達は、常日頃から自らの命と自由を失うリスクを背負い、ブログに取り組んでいる2008年1月、サウジアラビアのブロガー逮捕されていた。同国の政府は、このブロガーが“国家の安全に関わる規律とは別の規律を違反した”と主張していた。

Electronic Frontier Foundation(電子フロンティア財団:EFF)、そして、Reporters Without Borders(国境なき記者団)が、言論の自由に関する問題に直面するブロガー、そして、政府や宗教組織の制裁に真っ向から立ち向かうブロガー達の最新情報を提供している。

仕事やキャリアを犠牲にする価値

これらのブロガーは、良識に則って行動しているのだろうか?微妙なところだ。ブログに取り組むことで大きなリスクを背負うケース、あるいは、何もまして“言論の自由”を叫ぶためにブログに取り組んでいるケースが考えられる。

ブログが、個人的な日記から、企業レベルのソーシャルネットワーキングおよびマーケティングツールに変わっていく経緯を観察し、ブログ禁止令のメリットそしてデメリットを考えてみた。かつてはブログに規制をかけてきた企業は、徐々にではあるものの、ガイドラインに沿って、妥当なブログを運営することを条件に、ブログの価値を見直しつつある。

ブログと職場の問題は、雇用者、そして、従業員の双方に混乱を招いてしまう可能性がある。最近の親は、家族や友人に対して、子供が生まれる予定、子供が生まれたこと、そして、赤ちゃんと過ごす楽しい生活を伝えるためだけに留まらず、子供の新しい人生を記録する日記としてもブログを利用している。これは仕事には全く関係していないが、雇用者が定める規則に、ブログを禁止する条項が記されているなら、こういったブログに関しても、匿名で取り組み、公開しないように気をつけるか、あるいは、ブログではなく、従来のスクラップブックやジャーナルに戻り、写真と共に話題の豊富な手紙を家族宛に頻繁に送るかのいずれかの方法を選択することになるだろう。

“本来の仕事”とは関係のない趣味をブログで専門的に取り上げ、同じような趣味の人達と情報を分かち合いたいと思っている人もいる。ブログ禁止令が施行されている場合、彼らもブログに取り組むことができないのだろうか?

職場以外の社交的な機会を求めているなら、ブログでその目標を叶えることはできるのだろうか?企業側は、リスクを負う価値はないと言うだろう。

秘密保持契約書に署名することは、一般化しており、ブログのコンテンツの定義が明確に定義されていることを条件に、ブログもこの契約に組み込まれている場合もある。“ブログ禁止”という語句だけでは、範囲が広過ぎる。そして、従業員の権利と自由を制限してしまう可能性がある。他人の権利を守るために、仕事、同僚、あるいは、企業秘密に関するブログは禁止すると記されていれば、理に叶っていると言える。明確なガイドラインがなければ、越えてはいけない線がどこにあるのか分からないはずだ。ブログを制限する契約書に署名することを要求された場合は、むやみに署名せずに、ブログに関する定義と制限がはっきりするまでは、待つことを奨める。

皆さんは、勤務している会社が、ブログに関するポリシーを定めているかどうか、ご存知だろうか?ブログに勤しんでいたCNNのプロデューサーは、“ブログを禁止する”規定が策定されたことを知らずに、数年間に渡ってブログを続け、解雇されてしまった。規定が変わっていることに気づかなかった、という言い訳は通用しないのだ。

私は、ブログ禁止令とは別の次元で影響を受ける、匿名で内部告発を実施するブロガーは、今回の件には当てはまらない。彼らはリスクを承知した上で、ブログに取り組んでいる。注意してもらいたいのは、一般のブロガーの人達である。上述の境界線を跨いでしまうと、楽しいブログ生活に終止符を打つことになりかねないからだ。自分が持つ権利と制限を把握し、賢くブログに取り組もう。

ライター紹介: Lorelle on WordPress(ローレル・オン・ワードプレス)等の複数のブログを書くローレル・ファンフォッセンはブログ歴13年という大ベテランである。ウェブテクノロジーの発達と共にブログを書き続け、旅行、自然、旅行写真、ウェブデザイン、ウェブ理論、開発、ブログそしてワードプレスなど幅広いテーマを取り扱っている。ローレルは売れ行き好調の書籍、「Blogging Tips: What Bloggers Won’t Tell You About Blogging(ブログのヒント、そして誰も教えてくれないヒント)」の作者でもある。この本は新装開店したブログヘラルド・ブックストアで購入することができる。

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