Sunday, 7 September, 2008

偏見が不要なとき、必要なとき

5月 26日 at 4:30 pm by ローレル ファンフォッセン -

私は、ずっとNational Public Radio(ナショナル・パブリック・ラジオ:NPR)を聞いていると思っていたが、夫がいつの間にかクラシック音楽のチャンネルに変えていたようだ。ニュースの時間になったため、音量を上げると、レポーターが、アメリカの経済が6%上昇したと話していたところだった。私は、BBC特有のイギリスなまりのアクセントに気づいたので、すぐにNPRのニュースに切り替えた。すると、アメリカの経済が6%上昇し、停滞が続いていると言う声が聞こえてきた。

一体この違いは何だろうか?

BBCは、情報を事実としてレポートしていた。見解によっては、6%は大きな進展であり、悲観するほどの数字ではない。確かに、期待された程ではないのかもしれないが、いずれにせよ、これは編集側の見解を必要としない、事実であり、単なる数字なのだ。どう思うかは、オーディエンスに任せるべきである。

私は常にNPRが公平な立場を取っていると思っていたが、米国内の報道機関は、驚くほどの偏見を持っていることを学んだ。機関によって程度は異なり、また、ひた隠しにしている機関もある。

それよりも重要なことがある。NPRのレポーターは、経済成長を数字として報じ、その上で理由を述べることも出来たはずだ。停滞という形容詞を使ったことで、6%と言う数字に対する感情的なイメージが作られ、リスナーが米国の経済が右肩下がりになっていると意識してしまうのだ。

この件が、私自身、ブログの記事に不要な偏見を織り交ぜてしまっているのではないかと考えるきかっけとなった。当然ながら、自分の感情を反映させなければならない時もあるが、感情的な暗示を加える必要がない、単なる情報を報告する際にも、無意識のうちに感情を含めてしまっている可能性がある。

偏見が必要なトピックもあるが、不要なトピックもある。この違いを認識し、賢明に選ぶ能力が問われるのだ。

事実を記し、出来事や告知に関するレポートを提供する場合は、偏見は不要だ。イベントや告知や製品のレビューを提供する場合は、好き嫌い、そして、自分の体験が重要になる。ブログの読者は、この違いを把握しており、ブロガーも記事を綴る際は、違いを認識する必要がある。

告知を行う際は、注意深く言葉を選んでいるだろうか?偏見を排除しているだろうか?それとも自分の感情を示すことが重要なのだろうか?

ライター紹介: Lorelle on WordPress(ローレル・オン・ワードプレス)等の複数のブログを書くローレル・ファンフォッセンはブログ歴13年という大ベテランである。ウェブテクノロジーの発達と共にブログを書き続け、旅行、自然、旅行写真、ウェブデザイン、ウェブ理論、開発、ブログそしてワードプレスなど幅広いテーマを取り扱っている。ローレルは売れ行き好調の書籍、「Blogging Tips: What Bloggers Won’t Tell You About Blogging(ブログのヒント、そして誰も教えてくれないヒント)」の作者でもある。この本は新装開店したブログヘラルド・ブックストアで購入することができる。

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