先日、「私は本当に投稿するべき記事を投稿しているのだろうか?」と自らに問いかけさせる出来事が2つあった。
最初の出来事はあるトピックについて記事を書いて欲しいというメールを介した要請がきっかけであった。私はこのような要請をよく受ける。しかし、この要請に関しては、断るべきだという勘が働いた。私自身興味のあるトピックではなかったし、読者が関心を示すとも思えなかった。しかし、この要請は私の尊敬する人物から受けたものであり、がっかりさせたくなかった。私はこれまで彼らにビジネスの機会を提供し、彼等も私に何度もビジネスの機会を提供してくれた。そのため、彼らの望むトピックについて記事を投稿することは、ある意味恩返しにあたるのかもしれなかった。
私はよく考え、彼らが送ってきたリンクをチェックし、最終的に引き受けることにした。その瞬間から胃の調子が悪くなり、「イライラ」し始めた。母の言葉を思い出した。考えるのも困難になり、脳が動かなくなってしまった。そして集中することが出来なくなってしまった。
私はついにこの吐き気と錯乱状態の裏側にある理由を考えることを止め、彼らにメールを送り、要請を断った。私は謝罪して、今後引き受ける可能性はあるが(安易な逃げ道)、現在この要請に応える時間はないと伝えた。
辛かった!
その後私は、自分のブログの読者が興味を持ちそうな、魅力的且つ上手くまとめられたブログの記事に出会った。他のブロガーもこの記事について報告しており、期待度は高かった。私はリンクおよびブロック引用のためにすべての情報を自分のテキストエディタの草稿ファイルにコピーし、眺めていた。この状態は6週間続いた。
私は何度も草稿に出くわし、「早く終わらせて、投稿しよう」と思うのだが、すぐ別の記事のことを考えてしまっていた。しかし、常にこの記事のことが頭のどこかにあった。そして私を悩ませるようになった。この記事のことを考えて、真夜中に目が覚めることもあった。何か行動を起こさなければいけないことは分かっていた。草稿段階を終え、ブログに投稿しなければいけないことも分かっていた。
私は別の見方から記事を見つめ、うんざりした。読者の興味をそそるかもしれないが、私の興味をそそることはなかったのだ。私にとってはどうでもいいことだった。他の人達が私よりも遥かに賢明で、健全なことを会話に加えていた。私は投稿にこぎつけるために必要な、この記事に加えることができる価値を探し出すのに苦労した。どれだけ興味深いとしても、私にも、私のブログにとってもピンとくるものがなかったのだ。この記事を投稿する行為が正しい選択だとはどうしても思えなかった。
私は全文を選択し、そして削除した。
仮定ではなく、自分自身の直感を信じる
私は自分の直感、そして優れたコンテンツに対する本能に頼ったときに最高の記事を綴ることができるのだと学んだ。誰かが何かについて投稿してもらいたいという願いを頼るべきではない。読者を喜ばせるために、無理やり記事を書くのも逆効果だ。自分の信念をむしばむのではなく、支えるために記事を綴ることで、最高の記事が生まれるのだ。
皆さんはどうだろうか?皆さんも同じような体験をしたことがあるだろうか?投稿する前、あるいは投稿した後でさえも、ブログの記事の内容に四苦八苦しているだろうか?皆さんは綴るべき記事をブログで投稿しているだろうか?それとも他人の願いを聞き入れているのだろうか?あるいは仮定のルールに縛られているのだろうか?
ライター紹介:
Lorelle on WordPress(ローレル・オン・ワードプレス)等の複数のブログを書くローレル・ファンフォッセンはブログ歴13年という大ベテランである。ウェブテクノロジーの発達と共にブログを書き続け、旅行、自然、旅行写真、ウェブデザイン、ウェブ理論、開発、ブログそしてワードプレスなど幅広いテーマを取り扱っている。ローレルは売れ行き好調の書籍、「Blogging Tips: What Bloggers Won’t Tell You About Blogging(ブログのヒント、そして誰も教えてくれないヒント)」の作者でもある。この本は新装開店したブログヘラルド・ブックストアで購入することができる。
[原文へ]
トラックバックURL:
http://jp.blogherald.com/2007/10/04/are-you-blogging-what-you-should-be-blogging/trackback/
コメントはありません