マーク・エバンスがFirefox(ファイヤーフォックス)用の広告ブロッカー、AdBlock Plus(アドブロック・プラス)に関する記事を投稿し、「邪悪」だと糾弾している。彼はオンライン広告を遮断する読者は訪れるサイトの主な収入源を断ち切ってしまっていると主張している。これは、ブログおよび優先順位に関して、読者と広告主双方のために考慮する価値があるテーマである。
私は、アドブロッカーが開発された主な原因である、「押し付けがましい」オンライン広告が大嫌いであり、批判することも厭わない。自分の時間を過剰に無駄にしたり、不愉快にさせる広告に出会うと、一人の客として軽視されたと感じる。
次に「押し付けがましい」広告の種類を具体例とともに紹介しよう。
- 無効にするために何らかのアクションが必要な広告: ポップアップあるいはポップアンダー(ウィンドウを閉じなくてはならない)、音楽付きの広告(音楽を停止、あるいはボリュームを下げなければならない)。
- 意図的にコンテンツを分かりにくくしている広告: ページのテキスト上にアニメーションと共に漂う広告、スクロールダウンしなくてはならないほど、ページの上部の大部分を占めている広告。あるいはテキストの一行目を見つけるために探し回らなければならないような、コンテンツの一段落目の角の大部分を占めている広告。
- クリックさせるために偽装した広告: 意図的に偽装させている広告。ユーザーインターフェース要素のすぐ傍に置かれている広告。あるいは実際には広告へのリンクになっている色つきのテキスト(他のウェブページへのテキストリンクに煩わしいほど似ている広告)。
- 時間を浪費させ、ウェブサーフィンを邪魔する広告: 動画上のプレロール広告、実際のコンテンツにたどり着く前に自分達のウェブページに表示させる広告、意図的に10ページに分割され、それぞれ広告を掲載し、すべてのページを読ませることで、広告とページビューを増加させようと試みているウェブページ。
ご覧のとおり、私はごく一般的なオンライン広告の形式に対して嫌悪感を持っている。しかし、これには単純かつ正当な理由がある。
読者として、私は客であり、優先してもらいたいのだ。コンテンツプロバイダーが意図的に私の時間を浪費させたり(1,2,4)、私をだまそうとしたり(3)、あるいは私を利用したら(4)、これらの広告をホストしているサイトが私のことを一番に考えているとは思えない。私のことを世間知らずだと言う人もいるだろう。しかし、やはり客は最優先されるべきだと思う。ビジネスモデルは関係ない。そのため自分のことを尊重しないサイトや広告主をサポートしなければ理由などないと思う。アドブロック・プラスはきっちり仕事をするだろう。それよりも、私がこのようなサイトを訪れことは二度とないだろう。
私の個人的な広告への見解が、訪れるサイトや自分のブログに掲載する広告に影響を与える。私のブログの一番大きなゴールは説得力のあるコンテンツを書くことである。私は読者に何よりも先に記事を読んでもらいため、それを侵害する可能性があることに関しては慎重に考える。その結果、私はGoogle Adsense(グーグル・アドセンス)に落ち着き、加えて、たまにAmazon(アマゾン)のリンクを掲載している。これらは最も控え目であり、その上、私のオーディエンスに関連性が一番深いからだ(私はテクノロジー関連の記事を投稿し、映画と音楽のレビューを提供している)。
しかし、もし広告か読者を選べと言われれば、迷わず読者を取り、収益なしで記事を書くだろう。ある意味、私自身がアド・ブロッカーなのかもしれない。
もしアド・ブロッカーが「邪悪」なら、広告を掲載していないブログも同様に「邪悪」なのだろうか?そんなことはないはずだ。そのため、私は広告を遮断する行為をモラルの問題にするのは少し見当違いだと思う。
ブログの素晴らしさの一つに、このメディアに引き寄せられる理由が非常に多いことを挙げることができる(その分、様々なブロガーがいる)。広告を掲載していないブログや遮断しているブログのことを、モラルに反すると言うなら、ただ単にインターネットを巨大な広告掲示板として扱う必要がない人達をけなしていることと同じだ。
ライター紹介: ジェイソン・カネシロはブロガーとしては比較的「新人」の部類に入り、テクノロジー、映画、そして音楽をテーマにした、Webomatica(ウェボマティカ)というブログを書いている。ジェイソンはベイ・エリアに住み、サンフランシスコのウェブ/教育用デザイン会社に勤めている。
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