Sunday, 7 September, 2008

社会のつながり「人間と項目」

7月 25日 at 5:27 pm by リズ シュトラウス -

リストの世界 . . . 1997年にタイムとラベル

私はジョイント出版ベンチャーに携わったことがある。私のチームはオーストラリアのチームと協力して作業に取り組んでいた。私達は自分達の専門性を生かして、読み方を習う子供用の本とそれを教える教師用の本、計200冊以上の書籍を出版するプログラムを進めていた。大部分は8ページ、16ページ、24ページ、そして32ページの薄い本で、幼少期の識字能力を考えて、若干の補足を加えて綴られていた。

部長として、私には補足が加えられているかを確認する役割と、コンテンツがどこでも使えるかどうかを判断する役割が与えられていた。1つ目の役割は子供達が意味を知るためにどのように文字に接しているかを理解していなければならなかった。一方、2つ目の役割はコンテンツや絵が、メイン州のログハウスが集まる地域の教室でも、バイブル・ベルト(熱心なキリスト教信者が集まる中西部・南部)の教室でも、常夏の島々の教室でも、多様な文化入り混じった都市部の教室でも利用できるかどうかを判断できる知識が必要とされた。

プログラムは教育出版スケジュールに沿って進められ、万が一締め切りに間に合わなかった場合は、1年間を棒に振ることになってしまう可能性があった。本が上手く行かないときは、プログラムと教育のスタンダードに見合う、最高品質の代打の原稿に素早く切り替える必要があった。— ソリューションはエレガント且つ現実的なものでなければならなかった。

この頃私はあることに気づき始めた。この年からストーリーやレポートではなく、コンテンツという言葉を私は使い始めた。1997年のことだ。この年、オフィス内の出来事と同じことがが、テレビでも起こっていることに気づいた。

私は英国にいる親しい友人(同業者)のリチャードに相談したことがあった。この業界がどうなっていくのか不安だということ。出版している本に見られるトレンドがテレビの世界でも起こっていること。モンスター級のマシン・トップ10のようなリストを作るほうが、手っ取り早くコンテンツを作成することができるということ。私達がリストを区切って、それぞれ独立させていること。リストを作る方が、何かを説明したり、ハウ・トゥー本を書いたり、説得力のある文章を書くよりも、よっぽど早く仕上げることができること。そして出版業界がファーストフードのコンテンツカルチャーに路線を変更していること等を彼に聞いてもらったのだ。

私は子供達がじっくりと、深く考えることを楽しんで学べなくなってしまうのではないかと心配だった。リチャードと私は同じような会話を重ねるようになった。数時間話し込むこともあった。このような会話が私達のリレーションの礎となったのだ。

2007年から未来へタイムとラベル

今朝起きて、StumbleUpon(スタンブルアポン)、Facebook(フェイスブック)、Twitter(トゥウィッター)、Ning(ニング)、そしてメッセージを受信していないその他のサイトを使い、インターネットで自ずと配信していることに気づいた。私は輪の中に加わっており、そして情報を用いて人々を結び付けているのだ。

基本的には楽しい。連続的な会話が盛り上がることもある。トゥウィッターが「みんな」という用語にインターネット特有の友達という意味を持たせたこともあり、「みんなにみんなを呼んでもらって、みんなでランチを楽しもう」というメッセージを送ることができるようになった。私はこういうセリフを言いたかったのだ。

確かにかわいらしいが、口語的過ぎるし、当然、数分後には忘れ去れてしまうことになる。

ここ数日、私は深い文章、そして広い文章の現実について考えていた。両方を追い求めるには、かなりの時間と労力が必要される。ついていくのも大変だろう。毎日速度が少しずつ上がっているようだ。広さを求めると、今度は浅くなってしまう。

一体140文字でどれぐらいのことを伝えることができるのだろうか?ボイスメディアの会話がIMやテキストメッセージになってしまうとどうなるのだろうか?

このような質問を立て続けに投げかけることもできるが、その代わり、以下の2つの問いかけに注目してもらいたい。

毎日「こんにちは」と声をかける友達は1,500人もいなくていい。10秒間でそれぞれの名前を探し出し、一言メッセージを送るとしても、4時間も何も考えずに過ごすことになってしまうのだ。

何の役にも立たないことに何年もかけて耳を傾けなければならなくなるだろう。これは単なる私の世界観なのかもしれない。以前友人がタマネギに関して語っていた。彼女は多くの人はタマネギの皮の上で人生を送っていると言っていたのだ。私は17層目まで進みたい。

現代社会は、以前よりも人々が孤独になる傾向がある。人口統計データを見ればいかに人々が集団の中で孤独な生活を送っているかが分かる。20世紀は大家族が一般的であり、大勢の大人が1人で生活することなど考えられなかった。生活様式の選択と現代医学の進歩により、孤独に生きる期間が長くなった。私たちは孤独という感情があるが故に、出来るだけ多くのつながりを持とうと必死で探しているのだろうか?

私達にはしっかり機能するリレーションが必要なのだ。数、そして深さが問題になる。

リズは ___。リズは___と思った。リズは___を読む。私をつついて、せがんで、笑顔を見せる。これだけ分かれば十分なのだろうか?

必要なのはバイト数のみだろうか?

私は速度を落とし、焦点を絞っている最中だ。人はリスト上の項目ではない。

ライター紹介: リズは企業に対して、戦略の中心として、どのようにリレーションを築き上げるのかを伝え、協力している。彼女は理知と感情を取り組みと理念に結びつけ、どのようにコミュニティーの居場所を作るのかを企業に伝授している。リズはSuccessful-Blog(サクセスフル・ブログ)でブログを書い
ている。

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どんな会話があるでしょうか。楽しい会話とかでしょうかね。楽しい会話とは何でしょうか。会話してる二人が両方とも笑っている会話でしょうかね。どんな二人が笑って会話するでしょ (more…)