私は面白いと思ったソーシャルメディアのツールやサイトについて記事を書くことがある。ユーザー生成型コンテンツとソーシャルネットワークの勢いが一向に衰える気配はなく、自己表現の場に困ることがない。メディアの作成と利用のパターンが変わると、ライター、ディレクター、ミュージシャンそして俳優業の人達は、自分達の立場をどのように維持するようになるのだろうか?コンテンツクリエイターは従来の配信システムを完全に回避することはできるようになるのだろうか?インターネットの力を活用すれば、クリエイティブな取り組みで生計を立てることができるのだろうか?
公開
私は過去16年間映画を作り続けてきた。そして多くのコンテンツクリエイターの努力が報わない現実を何度も何度も目にしている。6ヶ月と少し前、私はコンテンツクリエイターに総合的なリソースを提供することを目標とする、Workbook(ワークブック)という「ソーシャルオープンソース」プロジェクトを立ち上げた。このサイトの狙いは、長い時間をかけて、コンテンツクリエイターが自分達のHow To作品や、争いに発展したストーリー、契約、そしてコンテンツ配信とその議論の活性化に役立つその他の情報を寄与してもらうことにある。
マンネリ化した問題
ある日、私は大きな配信業者との契約を考えていたある映画製作者から連絡をもらった。この契約では10万ドル以上の前払いが約束されていたが、今後20年間すべての権利を放棄することが必要であった。さらに劇場、TV、DVD、海外、デジタル、商品化そしてシリーズ化の権利すべてが配信者に帰属されることが明記されていた。
また、この映画製作者には10ページの書類が納入されることになっていた。納入プロセスはコストも時間もかかる。平均して、独立系の映画の納入には1作品につき2万ドルから4万ドルかかることも珍しくない。
こういった契約には次のような事項も含まれていることがある。
• エラーズ・アンド・オミッションズ保険 – 誰かに訴訟されても配信者は守られる。
• フィルムおよびビデオの移転コスト
• オーディオ移転および海外へ販売するためにトラックを分割する必要性
• キャストとクルーを対象とする長ったらしい契約(弁護量が膨れ上がる可能性がある)
つまり、作品を作り上げるだけでなく、上記のコストも自腹を切って支払わなければいけないということだ。しかし、さらに納得がいかないことがある。ほとんどの場合、映画製作者は前金以上の金額を手に入れることが出来ないのにも関わらず、配信者は総収入から前金やすべての製作費や配信費を取り戻すことができるのだ。
いい方向に目を向けてみよう。これらの従来のシステムの不当な問題により、コンテンツクリエイターが他の道を探すきっかけになっている。配信ツールそしてオーディエンス開拓ツールとしてのインターネットへの期待により、持続性への期待も高まっている。例えば、私は自分の映画(ザ・ラスト・ブロードキャスト、ヘッド・トラウマ)を自分で配信することで生計を立てているし、1996年以来インターネットが私の制作活動で中心的な役割を担っている。
ワークブックのコミュニティの助けもあり、いずれ正真正銘の独立系の作品が公開される場所が増えていくだろう。
諦め時(新たな可能性)
私は映画の製作や配信におけるDIYをテーマとした本の執筆をある出版社から依頼された。前金は適度であり、一冊の本以上の可能性が秘められていた。当初私は自分の本が出版されることを想像して、ワクワクしていた。その後、モントリオールで開催されていたDigimart(デジマート)という会議に参加し、作業を無料で行うというコンプセントに出会った。オープンソースのコミュニティに所属する多くの人に出会い、クリエイティブ・コモンズのライセンスの下で作品を発表するという興味深いアイデアについて話し合った。これがきっかけで私はワークブック・プロジェクトを始めた。
この決断は正しかった。何よりもまず、コミュニティにお返しをするという感覚はやみつきになる。ワークブック・プロジェクトのオーディエンスは昨年の11月以降、順調に成長を続け、体験談を分かち合いたいと志願する外部のコンテンツクリエイターからも投稿が寄せられるようになった。現在、ワークブックは講演、コンサルティングそしてスポンサーシップにまで可能性が広がっている。このプロジェクトを立ち上げてから半年間で、執筆のオファーの前金以上のものを私は得た。
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