Sunday, 12 October, 2008

中国有数のブログコミュニティ誕生の舞台裏

2月 28日 at 4:55 pm by ワン シャオ -

Bullogの中国での知名度はいまいちだ。しかし知っている人は毎日見ている。半年前私が初めてBullogを見たとき、「ワオ!たった一つのウェブサイトで中国の有名ブロガーの記事ほぼ全部にアクセスできるよ!」と言って喜んだ。初めてこのサイトを開いたときから惚れている。

それではBullogを紹介しよう。

Bullogは中国のトップブロガーの記事(公認)を大量に集めるRSSをベースにした、ウェブ2.0的なサイトだ。五ヶ月間という短期間で、Alexa(アレクサ)でのトラフィックランクが1万2,000近くに跳ね上がり、今も成長を続けている。

Bullogでは、読者は中国の大半の有名ブロガーの記事を読むことが出来る。例えば、TCM(伝統中国医学)に挑むArkというブロガーのブログ、高校生から絶大な支持を受ける有名小説家、Han-Hanのブログ、そして無意味なライティングや指導をこき下ろし、このサイトを設立したブロガー、Fatty Luoのブログが挙げられる。

Fatty(太った) Luoだって?このニックネームの由来は彼自身が肥満体型だからだ。Bullogを設立した彼は自分のブログを当初「Stupid Crazy Fatty Luo’s Dairy(バカでイカれたFatty Luoの日記)」と名づけていた。しかし彼の書く記事は実際にはバカげたものでもないし、イカれたものでもなかった。

Fatty Luoっていったい誰?

Fatty Luoの本名はLuo Yonghao。中国吉林省出身だ。彼は高校の授業がバカバカしく、無意味なものだと感じ、嫌気がさして、大学に進学する前に退学した。その後、彼は建設現場での労働者、小さな貿易会社の社員、営業、はたまた人には言えない仕事にまで手を伸ばしていたようだ。

生計を立てるため、Fatty Luoは英語の勉強に励んだ。1999年、彼はNew Oriental Group(ニュー・オリエンタル・グループ)に参加する運びとなった。この教育団体は現在中国で一番規模が大きい団体に成長した。ここで彼はGREコースの講師となった。彼の講義を聞くのがインターネットでちょっとしたブームになり、このビール腹の講師は多くの大学生に慕われるようになった。

さらに、多くの人が社会問題への鋭い洞察力や彼のほのぼのとした授業の雰囲気に好感を持つようになった。あるファンは「Luo says(Luo曰く」」という本をオンラインで作ってしまったほどだ。

2004年、Fatty Luoは新たなコミュニケーションの方法を発見した。ブログだ。ファンは声だけでなく、本当のFatty Luoを知ることが出来るようになった。このブログで彼は悪習や時代遅れの中国文化の考え方に注目し、彼が見たこと、知っていたこと、そして考えたことを記事にした。

また彼は社会問題に懸念を抱き、論理的な信念を手に、多くの疑問を投げかけた。彼のファンの目には、辛口の戦士、若者の鏡、そしてカッコイイ先生として映った。しかし敵対者の目には、無意味なことばかり言う、インテリの基礎的な気品に欠けた人間として映っていたのだった。

Fatty Luoは2006年、個人的な理由でニュー・オリエンタル・グループを辞め、ブロガーにプロフェッショナルなサービスを提供するウェブサイト、Bullog.cnを立ち上げた。当初、このサイトはVIP(有名なブロガーと文学界の人気者)しか記事を掲載することが許されていなかった。しかしこのスタンスを変え、誰でも記事を投稿するためのアカウントが作れるようになったのだった。これが中国で一番大きなブログコミュニティが誕生した舞台裏だ。

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