先日、Little Green Footballs(リトル・グリーン・フットボールズ:LGF)という保守党ブログがDigg(ディグ)の「愚民政治」に対して、保守派が左翼ディガーの餌食になっているとして、ディグを非難した。派閥政治をかなぐり捨てれば、ディグを取り巻く状況からたくさん学ぶことがあるはずだ。ディグに関する一般的な誤解や解決が必要な課題が見えてくる。
政治ニュースはソーシャルブックマーキングサイト上のニュースとは毛色が異なる。例えばスポーツニュースでは、賛成するかどうかで投票する訳ではない。コンテンツの質よりも政策をベースにして投票や反対投票を行うことがあるのだ。
LGFの大きな不満の中には、フロントページに昇格すると数分で反対投票が行われてしまうというものがあった。彼らは「左翼による国家統制主義」がディグではまかり通っていると結論づけた。果たしてそんなに簡単なものだろうか?反対投票組織の奇行は有名だが、政治だけが対象になっているわけではない。アップルを溺愛する少年は頻繁にマイクロソフトを褒める記事に反対投票している。任天堂が好きな少年はソニーの記事に対して全く同じことを行う。この反対投票組織がある程度LGFの苦境を作り出す原因になっていることは事実だろう。フロントページに上がってきた記事が正当な理由で大量に削除されている事実を付け加えておこう(例えば、フロントページに相応しくないと多くのディグユーザーが思ったため)。これは新聞が好ましくはないが、コミュニティには必要と判断して記事を撤回する行為に似ている。確かに透明性が深まればこの問題の原因もはっきりするかもしれないが、ディグでのLGFの行いが多くのユーザーの気分を害した可能性を排除できない。
ディグでのLGFの行動はすべてが褒められるわけではなかった。過去、このブログのオーナー、チャールズ・ジョンソンは読者を集め、民主党寄りのイメージに対抗するため、ディグに「拠点」を作った。その間ディグのユーザーに向けてコンテンツ上で、「ムーンバット(過激主義者)」等の差別用語を撒き散らしていたのだ。また、彼らのサイトはオープンな議論が許されていない。コメントを残すには登録する必要がある。コメントするのに登録する必要があるなんて滅多にない。ディグのユーザーが閉ざされたシステムに毒づくのは有名だ。無理ものない。結局ユーザーはディグに参加しにやってきているのだ。
この「拠点」戦術の欠点がいくつかある。まずはシンプルなものから挙げていこう。参加する意思を持ちながら、コミュニティが敵地だと宣言するのは、晩餐会に行って、他の参加者を侮辱するのと同じだ。これでは友達ができなくて無理もない。また自分たちとディグのコミュニティとの間に不必要な境界線を引いてしまうことになる。
このアプローチの二つ目の欠点としてソーシャル的な行動主義の原理が挙げられる。政策を押しつけるためにソーシャルニュースのコミュニティに参加すると、ソーシャルニュースの大事な構成要素、コンテンツに注意が向けられなくなってしまうのだ。焦点がユーザーに向かう。こうなると共同での作業から競争の激しい人気コンテストに状況が一変してしまう。
ソーシャルニュースサイトはソーシャル的な行動主義にとっては理想的な場所だという誤解がよくされている。実際にはそうではない。なぜならソーシャルニュースサイトはコンテンツに焦点を当てており、大儀ではない。9/11 truth movement(9/11トゥルース・ムーブメント)がNetscape(ネットスケープ)での大それた行動を訊いてみればいい。LGFのように、「トゥルーサー(2001年9/11同時多発テロに関する「公式」な見解を信じていない人たち)」は、ネットスケープで存在感を誇示するためにブログに集まった。問題は、彼らは投稿するコンテンツの質を気にしていなかったことだ。彼らは自分たちの見解の討論に何の興味も示していない。そのため討論を続けるためだけに、しきりに同じコンテンツを再投稿したのだった。このやり方はソーシャルニュースサイトではなくフォーラムに向いている。あるいはこの種の行動は新しいソーシャル的な行動主義が盛り込まれたサイトの必要性を示唆しているのかもしれない。
2日ほど前のことだ、「愚民政治」を非難した次の日、LGFは読者に呼びかけ、あるブログを侮辱的だとしてグーグルに逮捕させようとした。このブロガーのディグでの行動がきっかけになった。このブログのどこが侮辱的と言いたいのだろう。彼らは思い切ってLGFを批判し、ディグのユーザーがなぜLGFのコンテンツに投票しているのか疑問をなげかけただけだ。ディグの「愚民政治」を非難した次の日に行った、この呼びかけは皮肉にも反対投票を助長するには十分であった。幸運にもBlogger(ブロガー)の「フラグ」ボタンは怒った群衆に悪用されることはない。
ディグは無党派だと思われている。これも誤解だ。ディグ(サイトとして)にはどこかの政党を支持する力がないのだ。ディグのサイトはそれだけでは政治的な考え方を見分けることができない。ディグに存在する政党支援はすべてそのユーザーの考えが溜まりに溜まった結果だ。季節が変わるにつれ、そしてユーザーのベースが成長するにつれ、この政党支援がひっきりなしに浮き沈みする。一年前、我々はディグが保守党寄り過ぎるという記事を読むこともできたはずだ。
LGFや彼らの読者の大部分がディグに参加したいのは明らかだ。そしてもちろん、参加するべきだ。より多くの人がソーシャルニュースに参加すれば、ユーザーにとって関係のある話題となる。中傷を止め、ディグで自分たちのサイトの存在感を高めることに固執するのも止めるべきだ。競争するのではなく、協力するような方向性でディグに向き合おう。いいコンテンツを生み出すのだ。そして常に自分に言い聞かせよう。ある人の愚民政治は群集の前人の知恵だということを。
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